
深夜、東京の地下鉄が静寂に包まれる。終電を逃した人々が、帰り道をあきらめて夜の街を彷徨う中、地下鉄のトンネルは別の顔を見せる。誰もが眠りに落ちる時間、そこに現れるのは、都市の片隅で語り継がれる古い伝説――「夜の地下鉄トンネル」。
それは、ただの噂にすぎないと思われていた。しかし、それを信じる者がいれば、信じない者もいた。そして、この話を語り出した者は、二度とその場を離れることができなくなった。
1. 終電後の異変
ある晩、遅くまで残業していた若者の佐藤俊介は、終電を逃してしまった。仕方なく、地下鉄の最寄り駅で深夜の列車を待つことにした。周囲にはほとんど人影はなく、駅の隅でタバコを吸う者や、少し酔っ払ったサラリーマンがうたた寝しているだけだった。
駅員が「最終列車はこれで終わりです」と告げると、駅が一気に静まり返った。俊介は、普段の仕事疲れからも解放されて少し落ち着きを取り戻し、ホームの端でベンチに座っていた。
だが、何かが違っていた。普段ならば、終電後は即座に駅員が点検を行い、異常がないか確認するものだが、その夜は、何も行われなかった。異様な静けさが漂っている。やがて、夜行列車の音も遠く、そして一層強まる静寂の中で、俊介はふと異変に気付いた。
2. 目撃した影
ホームの端に立つ、薄暗い影。その影がじっと、どこかを見つめているように感じた。
「駅員か?」と一瞬思ったが、すぐにその影が人間ではないことに気づく。人影は、明らかに不自然に長く、そして歪んでいる。俊介は立ち上がり、その影をじっと見つめた。
影は動かなかった。しかし、次の瞬間、その影がゆっくりと横に移動し始めた。俊介はその瞬間、背筋が冷たくなるのを感じた。影は確かに人ではない。どこか非現実的なものがその中に混じっているようだった。
「やばい、何かおかしい。」俊介は、恐る恐る足を後ろに引きながら、ホームの反対側に歩き始めた。その時、突然、暗闇の中から低い声が響く。
「…戻れ。」
俊介はその声に驚き、振り返った。誰もいないはずの空間に、再びその影が現れ、こちらに向かってゆっくりと歩みを進めてきていた。
3. 逃げられない恐怖
その瞬間、俊介は心臓が止まるかと思った。影が近づくにつれて、周囲の温度が急に下がり、冷たい空気が体を包み込む。影の姿がはっきりと見えた。人の形をしているが、顔は見えない。暗闇の中で歪み、どこか不気味に光る目だけが、まるで監視するかのように輝いていた。
俊介は恐怖で動けなくなり、その場に立ちすくんだ。
「戻れ…」と、再びその声が響く。俊介はその意味を理解した。今、踏み込んではいけない場所があるのだ。彼がいるその場所こそが、都市伝説が語り継がれる場所だった。
俊介は必死に足を動かし、ホームの出口に向かって走り出した。しかし、足音は無情に響き、どれだけ走ってもその影は追いかけてくる。目の前が真っ暗になり、視界がぼやける中、俊介は必死に駆け続けた。
4. 終わりなき追跡
駅の出口に差し掛かるも、そこに至るまでにはすでに無数の影が立ちはだかっていた。出口へ向かおうとすればするほど、次々と出現する異形の影。俊介は絶望的な気分に襲われ、足元がふらつく。
「戻れ…」
その言葉が最後に響いた瞬間、俊介は倒れ込むようにして床に膝をつけた。
その後、俊介の姿を見た者は誰もいなかった。駅員たちは、彼がトンネルに入って行ったことを確認することはできなかった。奇妙なことに、その晩以降、俊介の名前は駅の掲示板にも、町の噂にも登場しなかった。
5. 夜のトンネルに潜むもの
次の晩、また別の人が終電を逃し、同じ場所に足を踏み入れる。しかし、彼がそこに残す足音は誰にも届かない。
そして、夜ごとに現れる影たちは、誰かを待ち続けている。
だが、踏み込んだ者は誰も帰ってこない。都市伝説の「夜の地下鉄トンネル」の呪縛は、今も静かに続いているのだ。
この話は、あくまで都市伝説であり、決して信じてはいけない。なぜなら、もし本当にその場所に足を踏み入れてしまったならば、その後二度と帰ることはできなくなるからだ。