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鏡の中のもう一人

夜の帳が降り、静かな家の中で少女・彩香はひとり、自室の鏡の前に立っていた。壁に掛けられた古びた鏡は、何年も前から家にあったもので、彩香が幼い頃からずっとその部屋に存在していた。鏡の枠は金色で装飾が施され、昔の風合いを残しつつも、何となく不気味な雰囲気を放っていた。


「今日はちょっと…怖いけど、確かめてみよう。」


彩香は自分にそう言い聞かせるように、鏡の前に立った。その夜、彼女は思い切ってやってみることに決めていた。鏡に映る自分の顔をじっと見つめながら、母親が語った話を思い出していた。


「古い鏡には、自分の裏の顔が映ることがあるんだって。」


母は何気なくそう言っていた。最初は信じていなかったが、最近、その言葉が気になって仕方がなかった。夜になると、何となくその話が頭を離れなかった。


「裏の顔…そんなの、あるわけないよね。」


彩香は自分の顔を鏡に映し、目を細めてじっと見つめた。長い髪が静かに肩の上で揺れ、青白い肌が薄明かりに照らされている。表情は無理に作ったわけではない。ただ、ほんの少し口元を引き締め、少しばかり真剣に見えた。

数秒後、鏡の中の自分は何も変わらなかった。しかし、次の瞬間、何かが変わった。

鏡の中で、彩香の顔がゆっくりと歪み始めたのだ。最初はほんのわずかに、口元が動くように見えた。しかし、だんだんとその動きが大きくなり、まるで自分の顔が別の表情を作り始めたかのようだった。


「…な、何…?」


彩香は慌てて後ろに退いた。心臓が激しく打ち始め、全身が冷や汗で覆われた。鏡の中の自分は、彼女が知っている顔ではなくなっていた。

その顔は、恐ろしいほどに歪んでいた。目がぎょろりと大きく見開かれ、口は不自然に広がって笑っている。まるで彼女を支配する何者かが、鏡の中に現れたようだった。


「なんで…どうして…」


彩香は手が震えながら、再び鏡に近づいた。すると、鏡の中の自分が目を細め、にやりと笑った。その表情がますます不気味に見えた。


「お前、気づいているだろう?お前の中に、もう一人がいる。」


鏡の中の顔が、まるでそう語りかけてきたかのように口を動かす。声はない。しかし、その口元からは確かに言葉が浮かび上がってくるように見えた。

彩香は恐怖に駆られ、後ずさりしながら部屋を出ようとした。しかし、足がすくんで動けなかった。鏡の中の顔が、彼女に向かって手を伸ばすように動き出したのだ。まるでその顔が、鏡を越えて自分の世界に入り込んできたかのような感覚がした。


「だめだ…これからどうなるの?」


彩香は動けないまま、目を離すことができなかった。鏡の中の顔が、ますます顔を歪ませ、何かを呟いているようだった。その目は、今やまるで彼女自身ではない、別の何者かに支配された目のように見えた。

しばらくその不安定な状態が続いた。鏡の中の自分は、にやにやと笑いながら何度も目を合わせてきた。しかし、突然その顔が変わり、今度は真顔になった。眼差しが鋭くなり、次の瞬間、鏡の中の顔がぽつりと一言をつぶやいた。


「お前、もう一人の自分を…殺さなきゃいけない。」


その言葉に、彩香の心臓は止まりそうになった。彼女の中に、もう一人の自分がいる?一体何を言っているのだ?

その瞬間、頭の中に突然、過去の出来事が蘇った。小さなころ、彩香は母親と一緒に引っ越してきた。新しい家は古く、どこか異様な雰囲気が漂っていた。ある日、母が古い本棚の奥から見つけた鏡。それを掛けるように言われたが、母はその後不安そうに何度も鏡を拭いていた。


「鏡は、あまり近づかないほうがいいわ。」


母のその言葉が頭に浮かんだ。その時、母が言っていたことをようやく理解した気がした。


「鏡に映るものは、ただの反射じゃない…」


その瞬間、鏡の中の顔が笑いながら言った。


「気づいたな。でも、遅いんだよ。」


彩香は恐怖に凍りついた。鏡の中の自分が徐々に近づいてきた。顔が徐々に現実と重なり、鏡の中の彼女はまるで実体を持つようになってきた。


「もう遅い。お前は、私を認めた。私が…お前を支配するんだ。」


その時、彩香は恐ろしい真実を理解した。鏡の中に映っていたのは、自分の裏の顔ではなかった。自分自身を支配する「もう一人の自分」だった。そして、そのもう一人の自分が、ついに現実に出てくるときが来たのだ。

彩香は必死に鏡から目をそらそうとしたが、鏡の中の顔は彼女に完全に取りついていた。最終的に、彩香はその鏡から逃れることなく、自分を支配された。

翌朝、誰もが彼女を見つけられなかった。家中を探し回るが、彼女の姿はどこにもない。ただ、あの古い鏡の前だけが無傷のまま残されていた。


その鏡の中には、今もなお笑っている「もう一人の自分」が映し出されているという。